2014年8月27日水曜日

自分の境遇とどう向き合うのか?

急ぎの仕事が片付き、今日は2か月ぶりくらいにのんびりとした一日を迎えています。


先日、久しぶりに持病の心臓発作が起こりました。
心臓発作は意外に小さなことをきっかけに起きてしまい、
その重大度は毎回ちがいます。


心臓発作、心臓病という言葉を聞くと驚く方も多いでしょうけれど、
落ち着いて聞いてほしいと私(当事者)は思っています。





今回はお風呂上りに、電気をつけずに暗い部屋に入ったところ、
足元に置いてある段ボール箱につまづいたのがきっかけでした。

自分のことながら「なんで~?」とツッコミを入れたくなります。
心臓発作を起こしてしまった後は、薬もなくどうすることもできないため、
お風呂上りの濡れた髪のまま、布団に横になるしかなかったのです。

昔は、自宅のトイレに先に入っていた父親が勢いよくトイレのドアを開けるだけでも、
心臓発作を起こしたことがあります。




心臓発作が体に及ぼす重大度は、今回は軽度で済みました。
若干、脈がぶれている程度。
日常生活はゆっくりではありますが、こなすことができました。

昔は、自分の首にもうひとつ別の心臓が存在するかのように、
心臓とは別の大きな脈のリズムを感じ、呼吸するのも気分悪くなるようなこともありました。



持病はWPW症候群です。Wikipediaにも記載されています。



小学生の時に病気が発覚しました。
当時は心臓の手術は大変難しいことや、
この持病がすぐに生死にかかわるような重篤性がないことから、
主治医も手術を勧めませんでしたが、

近年はカテーテルによる手術が可能になるなど、
医療技術の進歩により、手術が手軽になったようです。


5年ほど前に別の病気でお世話になった脳手術を専門とする現在の主治医は
「簡単に手術できるよ。」と、耳鼻科の手術を勧めるかのように、
とても気軽に進めてくれました。

・・・いやいや、今さらもういいです。
正直、30年以上この持病と付き合い、普通の生活を送ってきたので
ある意味、持病も私の一部になっています。




病気。心臓病。 ・・・そんな言葉を見聞きすると、

可哀相、お気の毒、大変でしょうね。

ネガティブなことを感じたり想像して、
そんな同情・憐み・労わりの言葉を思い浮かべる方も多いでしょう。


でもそれはまったく健康な人と私を比較した上での
健康な人から見た「主観」であり、
私から見た「主観」ではありません。

私にとって持病は私の身体の一部・特徴であり、
それが欠損だとか弱点だとか感じていません。

万が一、心臓発作を起こすと周りの人を驚かせてしまうので、
ただ周りに迷惑をかけないよう、注意を払うのみです。




私にとって心臓発作は
突然に吠え出す情緒不安定な飼い犬を飼っているのと同じことです。

飼い犬が吠え出しても、知らぬ顔の飼い主は本当に迷惑ですよね。
不安を感じる犬は、吠えて不安を周りにばらまきます。


心臓発作もその姿を見せることで、周りに不安を拡散させてしまいます。
なので、すぐにその場を去って医務室で横になるか、すぐに帰宅することを優先します。

その上で私自身も安心して発作が治まるのを待つことができます。






小学生の時からそうやって、私なりにうまく(?)生活してきました。
(きっと気づかないところでご迷惑やご心配をかけてきたというのは、私もわかっています。)


一見しただけでは全く健康体であり、
何より私の行動自体は積極的に創作活動・イベント活動に参加するなど、
普通の人よりも活発と言えるでしょう。

それは私にとって持病は私の身体の一部・特徴であり、
それが欠損だとか弱点だとか感じていないからです。





私のようにこういった状況を素直に受け入れることができる場合もあれば、

土砂災害や震災などで突然、それまでの平穏な生活や環境を奪われてしまうと、
なかなかそれを素直に受け入れることができないことだろうと思います。


自宅が被害に遭われたものの、どうにか命を救われた方、
家族を亡くされて深い悲しみを負ってしまった方、

今は疲れと不安に押しつぶされるような日々を過ごしていると思いますが、
どうかいつの日か、前を向いて歩き出す日が来ることを祈ります。















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